袋町小学校

-時間と空間の複合体-

大旗連合建築設計株式会社 設計部 亀竹 弘之



所在地/広島市中区袋町
主要用途/小学校、児童館、生涯学習拠点施設、ボランタリー総合支援センター、駐輪場
建築主/広島市
施工
建築/大林組・ロッテ・才門 JV
電気/東電通・新生電工 JV
空調/川崎設備工業・中石産業 JV
衛生/東洋熱工業・天満冷機 JV
昇降機/日本オーチス・エレベーター
発電機/東芝中国社会システム
工事期間/2000年3月〜2002年2月
敷地面積/11,150.00平方メートル
建築面積/ 3,506.13平方メートル
延床面積/14,151.55平方メートル
構造規模/SRC造、地下1階、地上6階、塔屋1階■ はじまり
袋町小学校は明治6年に開校し、その後いく度か移転改称された。現存する一番古い校舎は昭和12年に竣工した西校舎と呼ばれる建物で横に連続した窓のある当時としては近代的な建築物であった。この校舎は昭和20年原爆による著しい被害を受けた。その後被爆者の避難場所や救護所となり、戦後の復興過程では再び校舎として使用され現在に至っている。本プロジェクトはこの都心にある小学校の全面建替えであり、全国的に見ても珍しい他の施設との複合施設である。私達はこのプロジェクトを進めるに当り二つの大きな命題が与えられた。一つは小学校の機能と他の施設とを合築し都心にある土地の有効利用を図る、もう一つは被爆を受けた西校舎の一部保存である。校地は狭く学校建築のマニュアルどおり配置すると、それだけで敷地いっぱいになってしまい他の施設どころか被爆校舎の保存スペースさえ確保出来ない状況であった。


■ コンプレックス

この施設は小学校と市民交流プラザ、児童館、駐輪場との複合体である。基本設計に当り、保存校舎の南北に建物を配置し、この2つの建物をブリッジで結ぶ事で、これらの独立した機能を完結させ有機的連携を確保する事が出来た。又地下部分に学校給食施設、市営の駐輪場、上層階に体育館、プールを乗せる事でグランドスペースを確保し土地の有効利用を図った。

空撮(写真右上の仮設校舎は取り壊されグランドに整備される)

小学校

小学校正門

1階 児童昇降口

3階 体育館

市民交流プラザ

南棟1階 市民交流プラザロビー

北棟4階 ギャラリーロビー

北棟6階 スタジオ・ハイビジョン室


■ 記憶の継承

 西校舎は被爆を経た歴史的遺産として一部保存するよう計画された。RC造・地下1階地上3階・2,700?の校舎のうち保存されるのは、建設当時の玄関付近・隣接する階段室、及び地下の一部270?である。建設当時の設計図を元に玄関付近を復元し歴史を感じさせる象徴的な形態とし、記憶を受け継ぐ遺伝子としての機能を持たせた。

保存される被爆当時の玄関付近。(1945年10月6日)

保存された西校舎と二つの新しい建物を結ぶブリッジ。

被爆者の伝言で埋められた階段室の壁面。(1945年10月6日)

■ ある日の出来事

実施設計も終盤のころ、保存される校舎階段室の壁に被爆当時、写真に写っているチョークで書かれた伝言が残っていないか市の関係者と調査する事になった。事務所からハンマーを持参し壁を軽く叩きながら漆喰を落としていくと、薄茶色の文字の一部が現れてきた。写真と照らし合わせると寮内という文字の一部と一致し驚きを隠せなかった。この事がのちにプロジェクトの進行に影響を及ぼすとは、その時には思いもよらなかった。この一件以来保存する範囲について様々な調査、意見、検討が行われ、その間操縦機能を失った飛行機の様にプロジェクトは迷走状態になった。結論が出たのは、工事が着工した後であった。多少の変更が有ったもののプロジェクトはソフトランディングする事が出来た。設計を担当した者として市の関係者のご努力に対し、この場を借りて感謝を申し上げたい。


社団法人広島県建築士会広島支部報「鯉城」2002.9No80-施設チャームポイント紹介より