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仲哀(ちゅうあい)天皇が異国からの侵略者を撃退する話です。
4世紀末期、日本では仲哀天皇の時代とされています。
新羅国(しらぎのくに)から軍勢とともに黒雲に乗った塵輪が攻め寄せた時、
天皇自ら弓で射殺し撃退しましたが、
流れ矢に当って崩じたという伝説を題材としています。 この伝説は、紀記とは異なる内容ですが、 仲哀天皇を祭る下関の忌宮(いみのみや)神社や、 宇佐八幡宮に伝わるそうです。 世阿弥作の謡曲「弓八幡(ゆみやわた)」の中でも 八幡宮の縁起として語られています。 福岡県から兵庫県にかけて瀬戸内海沿いの地域に 仲哀天皇を祭った神社が多くみられ、 中でも広島県は、大分県とともに特に多いようです。 祭神の功績を讃えるため、 記紀と異なる内容にも関わらず、取り上げられたとも考えられます。 しかし、この内容が何を意味しているのか、 塵輪がなぜ特に大きな鬼女面を付けるのかは、よく判らないようです。 この「塵輪」は 石見神楽の代表的な33の演目の一つとして伝わる八調子の旧舞です。 六調子「弓八幡(ゆみはちまん)」も同じあらすじです。 また、登場人物は異なりますが、 応神天皇が第六天の悪魔王を撃退する「八幡」や、 スサノオが疫神を撃退する「鐘馗」も話の展開は似ています。 武士の時代となった鎌倉時代に他国から攻められ、 これを幸運にも撃退できたことなどから、 国を守る八幡信仰が広がったといわれています。 このような背景から、 この物語が神楽の演目として取り上げられたのかも知れません。 |
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