武田山は、銀山城という武田氏のお城があった所です。今の広島都心部あたりは当時は海で、山陽道は山の北側を通っていました。
登る道は、たくさんあったはずですが、人があまり通らないルートは、歩きにくいです。大町団地、武田山団地、武田山憩いの森、祇園北高校あたりから登れます。また、己斐に続く稜線づたいに歩く人も多いですよ。天気の良い日は頂上では、たくさんの人に会えます。
標高410.9mで家族連れのハイキングにちょうど良い高さです。大町団地、武田山団地方面からの北の稜線は野趣に富みますが小さな子供連れだとハードです。登りやすいのは武田山憩いの森からでしょうか。残念ながら、頂上の周りの木が茂りすぎてあまり眺望が良くないのですが、大きな岩の上に立てば、何とか見えます。山の周辺は広島湾に面して己斐氏、西に伴氏、北の熊谷氏、太田川沿いに福島氏など有力家臣団が囲んでいました。
広島の武田氏は、甲斐武田氏の流れをくむ安藝国守護家です。鎌倉時代から太田川下流域を支配し河口部にある武田山山頂の銀山城(金山城)を本拠として勢力を張っていたそうです。その支配は、戦国時代の天文10年(1541)大内氏により滅ぼされるまで、約300年間も続いたことになります。天文10年は、甲斐の武田信玄が父親を追放して自立した年にあたります。
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