山林の保全と管理
13/Sep./1998


 東広島市をとりまく山々。それは、私たちの身近な「里山」と、それに連なり盆地の景観をつくりだしている周囲の高い山並みから形成されています。

 現在、盆地から見える山々の緑は、実は戦後に人々の努力によって生み出された「人工的な自然環境」。古くは、中国山地で生産される「たたら」製鉄に用いるため、中国地方一円の山林が伐採されたとも言われていますが、戦前の写真などをみても周囲の山々は「はげ山」。燃料として樹木が伐採された風化花崗岩(いわゆるマサ)が主体の山々は、土砂が流失して地力が低下し、また災害の危険もあったようです。

 ここに、ヤシャブシ(別名ハゲシバリ)を植えて土砂の流出をくい止め、アカマツを植林して現在のように植生が回復してきました。その結果、東広島市は昭和40年代までは松茸の産地として多くの松茸を出荷していたのです。(今の西条駅の西側(駐車場や駐輪場がある当たり)には貨物の引き込み線があり、秋には松茸を満載した貨物列車が見られたとか・・・)

 しかし、里山と同様、山林の手入れが行われなくなったことから、周囲の山々でもアカマツの松枯れが進み始めています。周囲の山々をどのような形で守り、または育て、次の世代に残していくかは、東広島市にとって重要な課題であると考えられます。



 ところで、これら周辺の山々は、一部に国有林もありますが、大半は民有林。なかでも、かつて集落の共有林であった大多数の山林は、大半が「財産区」という地域の自治組織の管理。(行政のある種の管轄下にあるようですが、一種の自治組織。地域の中で財産区の議員が選出され、山林の管理などが行われています)

 ところが、この森林をどのように維持していくかが大きな課題のようです。すでに林業生産の対象とみなされていないこれらの山林をどのように管理していくか? スギやヒノキを植林して生産林として管理していくのか?(下草刈りや間伐、枝打ちなどたいへんな労力が必要です) 時間をかけてこの地域の潜在的な植生に戻るのを待つのか?(次の世代に残せるものは?) それとも、アカマツ林の環境や景観を保全していく方法があるか?(どのような維持管理ができるのか? さらに、毎年、マツタケの採取の権利を入札で決めているそうです。この権利の問題も市民が山林に自由に入る制約になっているとも・・・) 

 そして、私たち市民レベルで何ができるか? 私たちの活動も、最終的にはこのような山林のあり方についての目標を意識しながら進めていく必要があるようです。


里山探検記(第7回)にもどる
里山探検記にもどる
「里山について(OPINION)」にもどる